自己紹介のページ
小野直司(おのただし)
1958年型 整形外科医
バイク歴:小学校を卒業した春休みに父が一言「バイクに乗る練習をするぞ、男はバイクぐらい乗れないとな!」初めて乗ったのがホンダの
スーパーカブ50、
父はホンダCL50で先導し「これはクラッチ付だから難しい、そのうち教えてやる」スロットルとギアチェンジだけで、スーパーカブはいと
も簡単に走り出し
たのだった。
自転車にしか乗った事がない少年にとってバイクは夢のような乗り物だった。
中学1年では、ある日のホームルームで担任から「皆、今から目をつぶれ。バイクに無免許で乗っているやつがいるだろう。怒らないから、
黙って手を上げて
みろ」
素直な少年は恐る恐る手を上げたが、先生は「ふ〜ん」と言っただけでお咎めなしだった。
高校2年の時に自動二輪の免許を取った。前年に自動二輪免許は小型と大型に分かれ、自動車学校でヤマハのRD350に乗って大型免許を
手に入れた。
ちなみに私が中学の頃は二輪免許は原付と自動二輪の区分しかなく、試験場で125ccでグルッと回って合格すれば翌日からナナハンに乗る
事もできたのであ
る。
この翌年、高校3年の時には難関の限定解除試験が実施される狭間の年であった。125ccの中古車を買ってやろうと言ってくれた父親に、
250ccか350ccが欲しかった私はそれを断った為、自分のバイクを手に入れる事はできなかった。
バイク熱もやや醒めて、高校を卒業してから私は医学部に入ろうと思い立った。2年後にようやく山口大学医学部に合格し、晴れて医学生と
なったが、
進学課程の勉強はそっちのけで、アルバイトに精を出し、自分のバイクを手に入れた。中古のホンダCB400N、
通称ホークVは実に私に色々な世界を見せてくれたが、
当然のごとく留年した。専門課程に移ってからも平日の昼間に良くツーリングに出かけていた。専門2年の時、当時人気絶頂のホンダ
CB750F
(巨摩郡カラーのキャンディオレンジ)の中古を手に入れて、ややくたびれかけた外装に手を入れて仕上げたが、エンジンが外れであった。
早々に諦め、
3か月後にはバイク屋の試乗車であったほぼ新車のカワサキGPz750を譲り受けた。重心が高く小柄な私には持て余し気味だった
CB750Fと比べると、
GPzには抜群の安定感があった。バイトもしていない身で覚悟の36回払いであった。食事は全て学食の定食になった。
さて、昭和50年代後半から60年代前半は空前のバイクブームであった。信号待ちでは何台ものバイクが先頭を競い、夏の鈴鹿サーキット
には20万人が
詰めかけて、
入場券が手に入らないと大騒ぎになった事も、今は昔日の感がある。ブームは去ったとは言え、その後も沢山の新型車が発表されたが、
私は今も学生の時に買ったカワサキのナナハンに乗っている。今年で28年になり、人生の半分以上をコイツと過ごして来た事になる。
実はもう1台、BMW K100RSを買い足しているが、これも1989年式で既に22年目になった。
K100RSは高速安定性に優れているが、特徴はそのコンパトなライディングポジションである。
僅か60cmのハンドル幅が作り出す独特なポジションは、
身体をスッポリとカウル内に包み込ませてくれる。このため高速道路での疲労は圧倒的に少ない。まさに何処までも走って行けるバイクなので
ある。
2014年に3台目がやってきた。バイクを買うのは25年ぶり、実は通算で5台目でしかない。
トライアンフ・サンダーバード、1600ccバーチカルツインエンジンのクルーザーである。何せこれまでのカウル付きツーリングスポーツ
とは大違いで、風をまともに受けると120km/h以上では巡航が辛くなる。風防は本当に助かる。